大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1646号 判決 1996年6月13日
控訴人 信用組合大阪商銀
右代表者代表理事 大林健史
右訴訟代理人弁護士 中澤洋央兒
被控訴人 姜光子
被控訴人 山村玉代
右両名訴訟代理人弁護士 葛城健二
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人姜光子(以下「姜」という。)は、控訴人に対し、六九五二万一三六二円及びこれに対する平成四年一月六日から支払済みまで年二五・五五パーセントの割合による金員を支払え。
3 主位的請求
被控訴人山村玉代(以下「山村」という。)は、控訴人に対し、原判決別紙目録1記載の不動産について、大阪法務局天王寺出張所平成五年九月六日受付第一六四二一号の、同目録一2記載の不動産(以下、右の一1記載の不動産と合わせて「本件不動産」という。)について、同法務局枚岡出張所平成五年九月六日受付第一九七四三号の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
4 予備的請求
控訴人と被控訴人山村間において、本件不動産について、被控訴人姜と同山村との間に締結された平成五年八月五日付譲渡担保契約を取り消す。
被控訴人山村は、控訴人に対し、本件不動産について、前項記載の各所有権移転登記につき、詐害行為の取り消しを原因とする抹消登記手続をせよ。
5 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
6 第二項につき、仮執行宣言
二 被控訴人
主文に同じ
第二 事案の概要等
原判決の「第一 事案の概要等」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四頁七行目から八行目にかけての「節子土地等に対する物的担保(抵当権)」を「控訴人が、原判決別紙物件目録二記載の土地その他に対して取得している根抵当権」と、同○行目の「物的担保(抵当権)」を「右根抵当権」と、一三行目の「照らしてが」を「照らして」とそれぞれ改め、同五頁二行目の次に改行して「被控訴人姜は、本件保証契約の締結時に、控訴人の都合で担保もしくは他の保証を変更・解除されても異議をいわない旨約した。すなわち、同被控訴人は、控訴人に対し、担保保存義務を免除したから、原判決別紙物件目録二記載の土地に対する根抵当権の解消をもって、本件請求が権利の濫用であると主張することは、許されない。」を加える。
第三 証拠<省略>
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないと判断するが、その理由は、原判決の「第三 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正する。
一 原判決五頁七行目から八頁三行目までを、次のとおり改める。
「一 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一の1ないし3、二、五の1、2、六の1ないし3、七の1、2、八ないし一三、乙一、証人吉田よしお、同東常吉、同嘉島、被控訴人姜)並びに弁論の全趣旨によると、本件の経過について、次の事実が認められる。
1 被控訴人姜は、夫(昭和五〇年に死去)とともに焼肉屋をしており、同被控訴人の妹の姜節子(以下「節子」という。)と夫の嘉島もこれを手伝っていたが、その後、嘉島夫婦は独立して焼肉屋を営んでいた。しかし、嘉島は焼肉屋を節子に任せ、遅くとも、昭和六〇年ころまでには自ら金融業を営むようになっていた。控訴人は、右事実を承知していた。
2 控訴人は嘉島との間で、昭和五五年四月三〇日、本件基本契約を締結し、節子及び被控訴人姜の弟の姜允之は、同日、控訴人に対し、右契約から生じる嘉島の債務につき連帯保証した。また、控訴人は、同日、節子との間で節子所有の原判決別紙物件目録二記載の土地(以下「節子土地」という。)につき、債務者を嘉島、極度額を二〇〇〇万円とする根抵当権設定契約(以下、この根抵当権を「本件一抵当権」という。)を締結し、その旨の根抵当権設定登記を経由した。右根抵当権には、共同担保がある。
3 その後、連帯保証人の姜允之が死亡し、また、昭和五五年八月一一日、右根抵当権の極度額は、五〇〇〇万円に変更された。
4 嘉島は、昭和五八年、控訴人に対し、焼肉屋の店舗を一三坪から一〇五坪にまで拡大するための資金融資を依頼したところ、控訴人から、死亡した姜允之に代わる連帯保証人を差し出すことと、節子土地に対する根抵当権の極度額を七〇〇〇万円に増額することを求められた。節子は、節子土地に対する根抵当権の極度額の変更を承諾した。嘉島は、被控訴人姜に対し、焼肉屋の店舗を担保提供し、その範囲内で控訴人から融資を受けることを説明して、連帯保証することを依頼した。被控訴人姜は、他に担保提供がなされることに安心して(右店舗を五、六〇〇〇万円と考え、保証限度額もその程度のものと認識していた。)、連帯保証することを承諾した。
控訴人は、昭和五八年四月二八日、節子との間で、節子土地に対する根抵当権の極度額を七〇〇〇万円に変更して、同月三〇日にその旨の変更登記手続をした。被控訴人姜は、同月二七日付の保証書(甲一の1)に署名捺印することにより、本件保証契約を締結したが、本件保証は期間及び保証限度額の定めのない、いわゆる包括根保証であり、かつ、控訴人の担保保存義務の免除条項(保証書第3条)がある。右の各手続終了後、控訴人は嘉島に九一〇〇万円を貸し付けた。
5 控訴人は、節子の承諾を得て、右根抵当権の極度額を同年六月二九日に九〇〇〇万円に、同五九年一二月二五日に一億一〇〇〇万円に、同六〇年一二月二〇日に一億三〇〇〇万円に順次変更し、その旨の変更登記を経由した。そして、控訴人は、金融業をも営んでいたため、多額の金員を必要とする嘉島の申し入れを受けて、一〇〇〇万円単位で融資を頻繁に行い、二〇〇〇万円、二五〇〇万円などのほか、何百万円単位の手形割引を繰り返し行っていた。
6 昭和六一年に入って、控訴人の嘉島に対する貸付金や割引手形金などの総額が一億円を越えるに及び、嘉島は、株式会社住宅ローンサービスの貸出利率が控訴人の貸出利率より低いので、節子土地などに担保権を設定して、同会社から新たに貸付を受け、控訴人に弁済して負担を軽くしようと考え、控訴人及び右会社に相談した。その結果、同年九月二九日、控訴人は節子土地に対する根抵当権を放棄し、嘉島は右住宅ローンサービスから一億五六〇〇万円を借り受け、節子はこれを担保するため、節子土地に債務者嘉島、抵当権者右住宅ローンサービスとする抵当権を設定し、その旨の抵当権設定登記手続をした。嘉島は、控訴人に対し、右借受金から一億二、三〇〇万円を返済したが、なお、後記のとおり、借入金債務として、二〇〇万円と額面二五〇〇万円の割引手形が残った。
7 昭和六一年一二月五日、嘉島は、控訴人との間で節子土地に債務者を嘉島、極度額を五〇〇〇万円とする根抵当権設定契約(以下、この根抵当権を「本件二抵当権」という。)を締結し、その旨の登記を経由して、従前と同様、控訴人から多数回にわたり多額の融資や手形割引を受けた。
嘉島は、昭和六三年二月一日に借入金を担保するために、黒田精工株式会社の株券二万七〇〇〇株を控訴人に預け、同株券は、平成元年三月三一日まで控訴人が預かっていた(なお、同株券は、同日、嘉島に返還され、嘉島において換金して控訴人からの借入金の一部に返済充当された。)。
8 その後も、控訴人は嘉島の依頼により融資を続け、昭和六三年七月一五日ころには貸付金の総額は一億円を越えた。嘉島は、前同様、利率の低い幸福相互銀行に節子土地を担保に提供して融資を受け、これを控訴人に弁済しようと考え、控訴人の承諾を得た。控訴人は、同月一五日に前項記載の根抵当権設定登記につき解除を原因として抹消登記手続をし、節子は、同日、幸福相互銀行のため、債務者を嘉島、極度額を一億円とする根抵当権設定登記手続を行い、嘉島は同銀行から融資を受け、その中から、控訴人に弁済したが、なお、後記のとおり一三五〇万円の債務が残った。
9 嘉島は、その後も控訴人から融資を受けていたが、平成二年九月一七日、節子と息子の嘉島浩晟両名の連帯保証のもとに、弁済期を同年一〇月八日と定めて手形貸付により一億円を借入れた。嘉島は、右借入金について、平成三年一〇月分までの月額八〇万円前後の利息を約定期日に遅れながらも支払ったが、その後の支払をすることができなくなり、控訴人が、平成五年四月一五日に嘉島に対する貸付金返還請求権と嘉島の控訴人に対する預金返還請求権とを相殺した。その結果、貸付元金六九五二万一三六二円と遅延損害金が残った。」
二 原判決八頁九行目及び九頁一〇行目から一一行目にかけての各「同抵当権登記」をいずれも「同抵当権設定登記」と改める。
三 原判決一〇頁八行目から一四頁一五行目までを、次のとおり改める。
「四 争点3につき、判断する。
1 前記一に認定したところによると、本件保証は包括根保証であるが、このような場合、連帯保証人の責任が期間、金額において無限に責任が及ぶと解するのは相当でなく、連帯保証契約がなされた事情、債権者と主たる債務者との取引の具体的態様、連帯保証契約が締結された後、経過した期間、同期間内における債権者の連帯保証人に対する対応等の一切の事情を斟酌し、信義則に照らして合理的な範囲に連帯保証人の責任が制限され、あるいは事情によっては全額免除されるし、連帯保証人がこれらの事情を知った場合には、連帯保証人の方から当該連帯保証契約の解約を申し出ることも許されると解するのが相当である。
2 これを本件の場合についてみるに、一項に認定した事実によると、
(一) 被控訴人姜が、本件保証をした当時、嘉島は焼肉屋を営み、控訴人からの借入目的は、右焼肉屋の店舗拡大の資金であり、同被控訴人も嘉島からその旨の説明を聞いていたのに、その後、嘉島が金融業を営むようになり、同被控訴人の予測を大幅に越える多額の融資を受け、あるいは手形割引を続けるようになるなど、本件保証契約をした当時の事情と全く事情が変わっている。
(二) 節子土地に対する根抵当権の極度額が順次増額され、昭和六〇年には一億三〇〇〇万円にまで至り、現に嘉島の控訴人に対する債務が一億円を越え、右根抵当権設定登記を抹消して借り換える事態が二度も生じている。
(三) 被控訴人姜が控訴人に対して担保保存義務を免除しているとはいえ、控訴人は、節子土地に対する根抵当権設定契約解除後の平成二年九月一七日に嘉島に一億円の手形貸付を行い、その弁済期徒過後は、遅れがちの利息の支払いを受けて期日を延期してきたものの、平成三年一一月に元金の一部と遅延損害金の入金がなされて以降、平成五年四月一五日まで長期間にわたって利息の支払いもない状態であるのに、被控訴人姜に右事情を連絡したこともなく、同被控訴人に対して本件保証に基づいて履行請求をしたのは、同年九月二日である(甲二、三の1、2)。
そして、本件全証拠によっても、本件保証契約締結以降、平成五年九月二日に被控訴人姜に本件保証に基づいて履行を請求するまで、控訴人は同被控訴人に対し、前記の各事情を知らせたり、保証債務の履行を求めたことを認めることはできないし、被控訴人姜の供述によると、同被控訴人は、嘉島側からも、本件一抵当権が抹消されたころ、連帯保証人としての役割が終わった旨聞かされた程度で、右のような事情を聞いていないことが認められる。
右の各事実に、控訴人が被控訴人に対し、本件保証契約に基づいて履行請求したのは、本件保証契約締結から一〇年余も経過していること、その他前記認定にかかる一切の事情を勘案すると、控訴人の本件請求は、信義則上許されず、被控訴人姜はその責任をすべて免れるものと解するのが相当である。」
第五 以上の次第で、控訴人の本件請求はいずれも失当であり、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却し、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 熊谷絢子 神吉正則)